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マイノリティ雑貨店

社会に関すること、自動車、発達障害などを扱うブログです。社会ブログなのか、車ブログなのかよく分からなくなってきました。

本当に若者のストレス耐性って弱いのか?

パワハラの本を読んでいたら、若者のストレス耐性が弱くなったといった記述を見つけた。
「本当かいな?」と思ったので、ちょっと考えてみようではないですか。

 仮説:厳しい指導をしなくなったので、ストレスに弱くなった?
確かに、小学生の親世代(今の30歳くらい?)は割と子供をきつく叱れないという人が多いのかもしれない。
ただ、ここでどなり声に慣れていないからいけないのだろうか?というのはたぶん違う。それが正しいならば、元ヤンキーだった母親にありがちな、子供を「てめぇ」とか呼んで「とろとろしてんじゃねーぞ!」とスーパーで怒鳴っている姿が正しいことになってしまう。
品がないといえばそれまでなのだが、叱る=怒鳴り散らすと勘違いしているのはまずい。
答えとしては、「好ましくないことは好ましくない」ということを認識させることではないだろうか。
いつもは愛情を持って優しく接するのだが、悪いことをしたときにはそれなりのけじめをつけさせること。
怖い先生の前ではおとなしいのだが、優しい先生の前では問題行動が出ているという児童がいたそうだ。
これからわかることはただ、怒鳴ったり体罰で萎縮させることは子供に「正しいことを教える」という意味ではまったくもって機能していないことがわかる。
「なぜいけないのか」ということ、「この好ましくないことをするとどういった不利益を被るか」ということを子供に印象付ける必要がある。
また、しかるときには子供の人格否定を行わないこと。正すべき行動と自分にとって気に入らない要素を混同している奴に成り下がる。理不尽な命令をまともに聞かせようなど無理な話だ。
昔は体罰で抑えていた部分もあったが、親世代が「いけないことはいけない」と言えていることは評価しなければならない。人格否定をしていた可能性もあるので、そこは見習わなくていい。
なので、自信をなくして萎縮しているタイプと反骨心を持ってなんとかしようという2タイプにわかれていたのではないかと思う。
どういう叱り方が子供に合っているかはわからないが、「道理を説明すること」「世間体を盾にして人格否定をしないこと」は必要だ。
あと、子供の精神を苦痛にするほど過干渉になっている親も増えていそうだ。いちいち根掘り葉掘り聞かれたのでは親ともコミュニケーションを拒絶したくなるのではないだろうか。適切な距離感も意外と重要なのではないだろうか。
親も聞かれたくない話のネタがあるはずだ。そう考えると、子供にも「親にはどうしても話せないこと(性癖?)」があってもおかしくない。話をしなければいけない範囲とそうでない範囲をしっかりと決めていくことによって問題を解決できる。

最初の仮説に戻るのだが、若者自体のストレス耐性(心の体力みたいなもの)のパラメーターが減ったのではなく、それ以上にストレスを与える要素が増えたんじゃないかと思う。生徒に向き合えない事情とかそういうことによって子供が明らかに昔より苦しい環境にさらされているんじゃないかと考えた方が自然だ。
もちろん、文明が進化したので昔よりも体力の減少が起こりやすいのは確かだ。だが、それ以上に精神にダメージを与えられている。
では、こんなところだろうか。この周りの環境なんか変わってない!!と思う人はご意見ください。