マイノリティ雑貨店

社会に関すること、自動車、発達障害などを扱うブログです。社会ブログなのか、車ブログなのかよく分からなくなってきました。

感情的に叱責しすぎてはダメですよ?

あえて、しおりさん風にタイトルをつけてみる。

人前で大声で叱ってしまいがちな日本人!?

現地社員に期待すること、学んでもらいたいことは、都度、適切な言葉で丁寧にわかりやすく説明し、正しく理解してもらわなければいけません。(中略)期待を伝える日本人が、相手が日本人の場合と比べて、より具体的に、より論理的に、そして、より時間をかけて丁寧に説明しなければ、現地社員は日本人から期待されている内容を正しく理解することができないのです。しかし、この点、日本人は本能的に「面倒くさい!」と感じてしまいます。でも、「それではいけない!」と気持ちを切り替えて説明を始めると、丁寧に説明する経験が少ないため、なんと、説明を重ねる過程で自分の「語彙(=ボキャブラリー)」を早々と使い果たしてしまい、最後は、説明に必要な「適切な言葉」を自分の中で見つけることができなくなってしまうのです!


日本人の文化には「察しろ、空気を読め」と非言語を使い情報伝達することがある。だから、言語を細かく使い、丁寧に説明するということは今まで鍛えられない分野ではなかっただろうか。

悪い言い方をするなら「ツケが来た」のだ。体育会系の組織に慣れた人だとそういう傾向が顕著になるだろう。

これは現地社員にむけての話だが、日本人社員にも余裕で適用できる。文化の違いはあれど、言語理解の仕方は基本的に同じようなものだからだ。

現地社員が同じ失敗を繰り返しているのを見て指導しようとしたときに「適切な言葉」が見つからなくなってしまうと、どのようなことが起きるでしょうか?無意識のうちにイライラ感が大きくなり感情的になってしまい、「こんなこともわからんのか!」「なんど言ったらわかるんだ!」「いいかげんにしろ!」というような表現で語気を荒げてしまうことになるのです。さらに、感情が抑えられなくなると、「アホ」「バカ」という言葉も混じってしまいます。


よく感情に任せて怒鳴る上司がいるが、それはなぜか?自分の中で語彙が見つからず、正しい言語表現ができなくなっていることが原因になる。

忍耐強い説明が下手なのだ。間違いなく、そんな人は講師なんかになっちゃいけない。では、なぜこのような指導が長年、日本の会社では行われてきたのだろうか?

「人前で叱られることで恥をかかせ、二度と恥をかきたくない気持ちにさせる」
「周囲の人への戒めや警告の意味を込めている」


一言で言うなら、見せしめのようなものではないか?怒られた社員のようになんかならないぞ!という負の感情を鼓舞させるのが日本のやり方である。

あまり感心できるやり方とは到底言えない。有能かつ闘争心が強い人には合うのかもしれないが、逆の立場からすれば劣等感しか生まれないやり方である。

これでは、チームワークを重要とする仕事ではだいぶ悪い影響となるのは目に見えてくる。このやり方でも業績が出ていた時代があった。だが、今はそうじゃない。

じゃあ、どうすればいいのか? 部下などのまずい行動があったら「これはXXすると曲がっちゃうよ」とか「OOするともう少し楽だよ」と言えばいい。

もし理解できないならほかの表現を使えばいい。なんなら図で示して理解して他にも応用ができるようになれば儲けものだ。発狂する前にいろんな指導を考えればいい。
行き詰ったらほかの人に相談を仰ぐのもいい。

風通しのいい職場なら余裕でできることだと思うが、日本企業で風通しのいい職場って意外と少ないのではないだろうか。

三人寄れば文殊の知恵とはいうが、環境的に運用しづらいのであればそれは残念なことだ。
え? 怒鳴らないと指導した気にならない? あのですね、それは自己満足ですよ。


あの野郎、上下関係を分からせてやる!と思って指導しているうちはやってることはおサルさん(ニホンザル)と一緒です。  ウキー!!
必要なのは分かってもらえることだ。上司を前に部下や後輩が縮こまっているような状態を作り出してはいけない。パニック起こしている状態で100%の力は発揮できない。

どうでもいいけど、引用タグ使わずに水色だけでやってたわ。直そう・・・