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マイノリティ雑貨店

社会に関すること、自動車、発達障害などを扱うブログです。社会ブログなのか、車ブログなのかよく分からなくなってきました。

日本の「当たり前」から外れた人の独立場所

新卒で会社に入り、定年まで勤め上げる。今、このプロセスができない若者が増えてしまっている。
なぜかと言えば、単純に企業が取る数減らしてしまっているから。厳密にいえばまったく求人が開いていないというわけではないが、到底「健康で文化的な生活を送れる」可能性は限りなく低いものなのでそんなものに自殺覚悟で応募しようとする人が少ないのは当然だ。
KOROSU気ですか?
 
逆にいえば、それだけ現在は「当たり前」の基準がずれているということになる。ただ、まだ非正規率が半分を超えていないため、現在のところはやや少数派な部類になる。だけど、人数としては何万人ということになる。
これって、でっかい組織みたいなの作れないかな?と思っちゃう。
組織とまでは言わないものの、これらの人々がバラバラになっているのはなんか惜しいと思う。
確かに能力はピンキリあるかもしれない。一番上は東大卒という人もいるくらいだし。
少なくとも、今のままだと"正社員から差別されているだけの人"になってしまう。ワーキングプア、傷病により復帰できない人、ニート、ひきこもりなどが対等に話せるところをもっと広げていく必要があると思う。
ダイアモンド・オンラインなどではそういった人々のことを紹介していることが多いが、おそらく見ている人々の数はそんなに多いとは思わない。また、ハローワークなどで「サポステ」とかいう悩み相談のところもある。だけど、個人的に言わせてもらえば影響力としてはほとんどないんじゃないかなと思う。もちろん、ないよりはずっと安心できるので「いらない」とは言わない。だけど、企業の面接を受けるときだけは「自己責任」みたいなところがあり面接官の機嫌やポストの空き具合で社会的地位や収入が決まってしまう。

既存の組織では「弱い人」はいらない。ならば、これからは「弱い人」こそ活躍できる場所っていうのをやればいいはずだ。これからあげる一例は視覚障害者の話だが、応用すればいろんな「弱い」を活用できると思う。
"見えない"を体験できる暗闇レストラン

先週だったかな、笑ってこらえてで紹介されていたのだが、いい発想をしている。

この真っ暗闇のレストランは、どこで始まったのだろう。先進的な考えのオランダか、やはり流行の先端を行くニューヨークか。答は意外にもスイス。1999年にオープンした、チューリヒのblindekuhが発祥だ。Blindekuhのレセプションにはライトがある。客はここで、週変わりのメニューから前菜、メインメニュー(肉か魚かベジタリアン)、デザートを選ぶ。スイス国内で生産された新鮮な素材は、IP Suisseが保証している。このラベルは、環境にやさしく、動物を搾取しない方法で作った農作物に与えられる。「暗闇で食べるからこそおいしいものを」と配慮している。携帯電話や蛍光時計は禁止なので、レセプションに預ける。また、室内は全席禁煙。
そして、いよいよ暗闇の中へ。給仕人の肩につかまり、1列になって席まで行く。しかし、給仕人もライトを持っていない。ここがblindekuhの変わった点。給仕人たちはなんと視覚障害者なのだ。



日本の名所で言うなら、まるで善光寺の暗闇を再現したような場所だ。

だが、スタッフにとってはこの暗闇が当たり前である。だが目の見える人にとってはこの苦労を感じる機会はほぼないに等しい。
実際、善光寺の暗闇のところにいったことがあるが、あの不安な世界を視覚障害者は毎日過ごしているのかということをとても感じた。点字ブロックってすごいんだな・・・。

善光寺の僧侶は暗闇を修行の一環として行うそうだが、視覚障害者たちはあの修行どころじゃない苦労をしている。

今の日本は「分かり合えない」ことが多すぎるんじゃないだろうか。

サラリーマンになれない=甘え、発達障害=甘え、満員電車で通勤できない=甘え ブラック企業で10年持たない=甘えみたいなことを言い合っているうちに自分も対象になったらどうするのだろうか?今頃になってわかった・・・とか言っちゃうの?
分かりあえていないということは、コミュニケーションとしては破たんしていることになる。
コミュニケーション能力が足りないのはどっちだよ・・・って、どっちもだな、これは。すこし考え直そう。

ニキ=リンコさんと藤家寛子さんが対談している「自閉っ子、こんな風にできてます」という本がある。
新しい本ではないが、今でもアスペルガー+感覚過敏独特の世界を生々しく語っている本としてはすごくわかりやすい。雨が痛いというのは自分でも考えたことはなかったな・・・・。

とくに、就労を苦労している人の中で発達障害を持っている人は多い。だけど、健常者からすればなんてことないことで苦労しているので「甘え」みたいなことを言われる。もちろん、程度問題もあるので境界は気をつける必要はあるが、双方がなんとか折り合いをつけなければいけない時は来るんじゃないだろうか。

誤解が偏見を生んでいるのだろうか・・・。今まで培ってきた常識っていつかは非常識になる日が来るかもしれない。当たり前っていうのはすごく怖い。