マイノリティ雑貨店

社会に関すること、自動車、発達障害などを扱うブログです。社会ブログなのか、車ブログなのかよく分からなくなってきました。

創造性があるのか、ないのか分かりにくい日本人

日本人に「創造力」はない?

まず、個人的には「日本人の創造性」には逆説的なことを感じていた。いろいろな企業で作られる製品がとても斬新なアイデアを使っていることに毎回感心させられる。「美文具」なんていうものを見た時には、衝撃が走った。だいたい文房具屋といえば、白かアイボリーの製品、せめてペン系統がカラフルなくらいのところが多い。

たとえば、創造的な文房具というのは形がすごく面白い。
The Time is moneyさんのサイトを見てもらいたいのだが、すごく遊び心がある製品ばかりだ。

おもしろ文具

お腹がすいてくるペンケースなんか、もう秀逸のひとことだ。ダイエット中に使うのは厳禁といいたくなるくらい、形が精巧にできている。一応、ばらばらにならないように鉛筆などをロックする機構が付いているため、実用性もある程度は兼ね備えている。ただし、容量の割には高いが、ネタ見せ料としては十分ではないだろうか。
自分の周りに使っている人は見たことないのだが、もし、使っていてうっかり昼飯前にかじってしまったという報告等ありましたらおねがいしますw

アニメオタクの人たちが結構いろんなものを自作しているのを見るが、ああいったところにも創造性はかなり発揮されている。

さて、創造性の話に戻りましょう。自分が感じているさっきの例は実際の創造性を発揮した形である。こんなものを作れる人達の発想が普通なはずはない。では、なんで日本人はすごくつまらない(?)というと語弊があるのだが、全体的なイメージとして感じるのは、商品に現れている創造性を豊かに持っていないように見えることである。

むしろ、どちらかというと遊び心ということに関心がなく、常識的な範囲でしか意見を考えたりしない人たちに見えるこのギャップについて悩んでいた。体裁を気にするあまり、書類が非効率になるくらいきっちりしている側面があるのだが、そのずれはどこから生じているのか。

「発想力」を「創造力」と置き換えてもいいのでしょうが、ここは日本の学校教育における最大のウィークポイントのように思われています。
個性を重視する欧米の学校との違いだと・・・。
ゆえに日本人には「創造力」が欠けるといった議論にも結びつくことがあるようです。
さて、実際のところはどうなのでしょうか?
この答えは、「創造力」をどう定義するかによって異なります。



たしかに、日本の教育はかなり集団主義で「空気を読んでみんなと同じことをしてあまりとがったことを言わない」みたいなことを重視する。だけど、そのこと自体と製品の面白さには何の相関性もない。

普通に考えるなら、今のところ、日本人の「創造力」は国際的に見て高い水準にあると言えます。その根拠は「国際特許出願件数」です。
2009年の日本の特許出願件数は2万9802件で、これは世界第二位の水準です。一位はアメリカの5万3521件ですが、人口が日本の3倍近くあるので、それを考慮に入れると同じ土俵で比較は出来ません。
つまり、日本人は「創造力」豊かな国民なのです。



これはどちらかというと技術力の分野じゃないかなと感じる。デザインとかそういった分野も包括できる話になっていくのだろう。製造業がそれなりに強いというのも関係してくるのかもしれない。発想もあるのかもしれないけど、ここらへんのところはすごく「お堅い」創造力なのですよ。

その割に、日本人は「創造力」に富んだ国民だというイメージはありませんね。
僕はその理由を以下の二つの原因と捉えています。
第一に、「斬新なアイデア」や「遊び心」の感じられる製品やサービスが少ないこと。
第二に、これは日本人の特質なのかもしれませんが、すでにあるものを改良したり、機能の付加をすることに強みがあり、新しいものを創り出すのは苦手だということ。



1番目の理由がとってもしっくりくる。ただ、これにはもう少し説明が必要だと思う。日本人は決して、「遊び心」でものを作るのは嫌いではないし、出された数少ない製品が売れていないわけでもない。じゃあ、なぜ、少ないのか?

それは面白すぎるアイデアをつぶす風土が企業とかにはあるからではないだろうか。また、潰される対象は製造したプロダクトだけではない。

なにか新しいイベントをやるにしても、この国は「前例がない」みたいなことをすごく嫌がる人たちの権力が強い。
そのせいか、保守的な傾向を国民も受け継いでしまう割合がどうしても高くなる。

だけど、クリエイティブな組織にはあまり定着しないため、小さいグループ単位という条件下なら創造性の強い人が多いということになる。だから相対的に創造力のあるチームがすごく目立つ構造になっているわけだ。

高度成長期には、車や家電など当時の先進諸国が作っていたものをそのまま追いかければ良かったのですが、それらの市場がすべて飽和状態になると、急に日本経済は停滞してしまいました。
(中略) これは、たしかに詰め込み型教育の弊害かもしれませんが、僕はまた別の意見も持っています。
それは、日本が島国であるということ。
ほとんどのアイデアというものは、ゼロから生み出されるわけではありません。
過去のパターンの新しい組合せや、意見と意見のぶつかり合いが偶然に生み出す産物なんですね。



確かに、アイデアというのはいろんな組み合わせ、すなわち「素材の多さ」がものをいう世界だ。iPhoneというジョブズが作った代物は「PC+電話機」の発想だ。iPodの場合、音楽プレイヤーと合体しただけだ。

組み合わせだけなら日本人でもできるじゃないかと思うかもしれない。だが、日本には創造性が育ちにくい地形的な環境があったようだ。これは盲点だった。

斬新なアイデアが生まれやすい環境とはどんな環境か?
それは、先の条件に「多様性」が加わった環境だと僕は考えています。一つの会議で例えるなら、人種も、信仰する宗教も、価値観も、受けてきた教育も、学科の専攻も全く違う人たちが一つの目的に向かって、好きなことを言い合う会議だと思うのです。 だとすれば、アメリカというのはまさにそういう国だと思いませんか。
電球、電話、自動車、冷蔵庫(製品化)、電子レンジ、洗濯機、パソコン・・・
考えてみれば、現代社会を取り囲む製品のほとんどはアメリカで産まれています。



日本は島国だ。ということは、情報を取り入れるためには船で来るか、ネットや電話、メールの情報しかない。そのうえ、日本にはびこる価値観というのは非常に狭いものが多く、精神的マイノリティが迫害されやすい。

実際、就職活動などでもいまだに体育会系が優遇されているのだが、実は発想が大事な現在の時代風景を加味すれば不利な採用方法になってしまう。当然、多様性という面では最悪の環境なのだ。
(日本の息苦しさを学ぶには中島義道氏の本がお勧め!)

「黙って働くことが美徳」だけみたいな中で面白い発想など浮かぶはずもない。すべてが面白いというのは無茶だが、そういった面は明らかに日本が弱っている原因のきっかけだ。電気屋にいったって、ほとんど同じようなもんばっかりで面白くない・・・ 決して性能は悪くないからそれなりには使えるけど、何が足りないのだ?
多様性だ。 こんなところにまで影響していたのかよ!