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自動車、発達障害などを扱うブログです。最近はQMAにはまっています。

仕事に就けばなんとかなるという幻想

「仕事に慣れれば、どんな職種でもやっていけるからやってみなよ。」という人たちをよく見るんだけど、どうにもしっくりこないことが多すぎて困ったので考えてみることにした。

 

そもそも、どんな職種でもやっていけるという前提はどこから来ているんだ?

日本流処世術をベースにやってみましょうかね。

・上司にパワハラとかされても平気で耐える

・残業が多くて時間が取れなくても、仕事が中心な生活に慣れてしまう

・休みが取れなくても、給料がたまっていくので黙認する

・残業をしないと給料が安いけど、それに対して見ないフリをする

・グループプレイ向きな特性を持っている

 

これはどちらかというと日本独特の歪んだソフトスキルなので、仕事そのもののスキル(ハードスキル)ではないものの、彼らの述べる「やっていける」前提として確実に含まれている要素である。

要するに、「学生までは遊んでいたんだから、これから仕事は一生懸命やるべき」という理論だ。ただし、これは実際の中身というよりも会社に尽くすという感覚だ。

チームプレイと書かず、グループプレイと書いた理由は日本の集団行動というのは製造業向きにされているため、同質な人ばかりを求めていることだったりする。

もう、製造業の割合がだいぶ減っているから同質な人ばっかりやっても伸びないんだよね。だけど、会社の古株たちにとっては扱いやすい人ばかりが評価される。

 

もちろん、仕事ができるというハードスキルが軽視されているわけではない。

ソフトスキルと比較するためのリストにしてみよう。日本向けのハードスキル。

 

・同じ仕事でも、できるスピードが速くかつ丁寧にできている

・クォリティの高い仕事を安定して結果が出せる(=及第点をずっと出せること)

・仕事のできる範囲が広がる(ただし、日本の場合は範囲が無駄に広すぎ)

 ・人員不足前提でも現場を回せるような形にする(諸刃の剣なんですけどね・・)

・何時間も働いて休憩が少なくてもへたばったりしない無茶な体力

・全体を回すために効率のよい動かし方を設定できる

・指導が上手で、誰もが覚えやすいような形を取れること

 

日本向けといったのはエリートでない層にも長い労働を前提としていることと、人件費削減のために無理やり少ない人数で回そうとしているリスキーな職場環境をふまえて言っている。アイデア系統の話はあまり日本では重視されない傾向にあるので省略した。

 

本の学校教育(大学も当然含みますよ!)ではそういった同じような人たちが育ちやすいし、それになれた人たちが会社に行けば適応しやすいのは当然の話だと思う。

早い話、社会適応上の欺瞞的な感覚を会社員向きの彼らはあまり持っていないんだよなということ。向いている人でも個人差はあると思うんだけど、明らかに向いていない人より過剰適応しているように見えないんですよ。

会社の文化に馴染むために、適性を無視して過剰適応している人は面倒だから「発達障害」として排除しているんですけどね。対応しないことによる無職者数の増加という弊害がだいぶ出ているのに、この事態を直そうとする気もない日本の感覚はちょっと理解できないなぁ。

要するにですよ! 「会社に入って頑張れば何とかなるよ」とかほざいている層は自分が会社員として適応するのに感じているハードルが思っている以上に低いことを自覚していないんだってことなんだ。もうひとつ大事なことを言おう。

日本の会社は異動や転勤などでいろんな仕事を広く浅くやることはみなさんもご存知だと思う。そういったところはですよ、ちょっと聞いただけで80%くらいのコツをつかむ奴がチート級に評価される。学校教育において素でリア充的な適応してきたやつ向きに設定されちゃってるの。特定の分野に詳しいような博士タイプは徹底的につぶされる可能性が高い。業務変わった瞬間につぶれる可能性が段違いだ。

なんだかんだ、博士タイプみたいな奴も社会適応のためになまじ独特の処世術をつけちゃってるから第一印象じゃ「アクの強い奴かどうか」がわからない。だから「なんとかなる」を無意識に組織向きの彼らは言うわけだよ。

器用貧乏という最強の武器を持ってることを自覚してくれよ、マジで。

 

会社員ハードルが高い人は適性もあるんだろうけど、仕事ができる層からできない層までいっぱいいる。できる・できないという評価はほぼ彼らの適性に依存するから、運げーに近すぎるのだ。だけど、リクナビマイナビみたいな就活広告屋というのはあくまで学生を会社員向きの適性だと無理やり思いこませている人たちなんですわ。

その上、得意不得意が激しいから「受かるためにドンドン応募しろ、俺ら儲かるし」というのがまったくもって逆効果。彼らのビジネススタイルに合わせるメリット、ほとんどねえ!

不向きなものを「向いている」と思い込ませる。これがどれだけの大罪か分かっていない。それであとで病んだとしても「君は企業研究ができていないね」とかうそぶいたりする。ほかの記事でも言ってるけどそんなレベルにまで研究をするにはスパイで送らねえと無理ですよ

 

「なんとかなるよ」と言いたいのは分かるけど悪気が無い分、言われたことによるなんともいえない気持ちをどこにもぶつけられなくてもどかしくなる。

厄介なのは言った側、言われた側のどっちにも罪はないということ。じゃあ、逆に「どう考えても無理だ」と突き放されても何の生産性も無い。

おそらく、個人的に一番いいと感じるのは悩んでいる側の適性を一緒に確認しあうことだ。というのも相手は「あまりにも普通という基準のものさし」で見ていることが多すぎて、独特の特技とかそういうニッチな分野にまったくタッチしていないからだ。直接的な解決はなくとも、これから伸ばしていく方向性のズレを修正するきっかけにはなるはずだ。