マイノリティ雑貨店

社会に関すること、自動車、発達障害などを扱うブログです。社会ブログなのか、車ブログなのかよく分からなくなってきました。

ニッチだって、広げれば強い!

ニッチの話をしているエントリ「得意なことより「アタリマエのこと」にうるさい」の考えをもう少し広げていきたいと思う。
なんでも平均的にできるゼネラリストが日本の会社では好かれる。なぜならほかの部署に回すときにすぐできるので金と手間がかからないためだ。
だけど、ニッチな経験は新しいことを広げるためにはすごく便利なものだ。誰もやっていないことをやっているのだ。言い換えれば、唯一の知識人だ。

ビソク前進日記より記事を引用したい。→経験知の伝え方

私がやっていることを、もうすこし具体的に言い直すと、何らかのハードルを持った人が就労できるように支援する業界に私はいます。かつて、IT業界でエンジニアをしていた経歴を生かして、「エンジニアが自己解決してスキルを身につける過程」を体験していただいています。

管理人のまつしたすぐる氏は「障害者の特性を見極めてそれを引き出し、就労に生かせるようにする」仕事をされているようだ。今の発達障害業界はこの「引き出す」という仕事をもっとしっかりやらないといけない。
「大人の発達障害はやってない」なんて言ってる支援センターはマジで論外だ。子供のうちから対策することが重要なのはわかる。だが、就労で苦労してはじめて発達障害が分かるのは大人なんだぜ!?
この国は15歳以上じゃないと働かせることができないので、学校とかで適応してる分には全く分からない場合がある。{大学首席で社会不適合}なんていまやゴロゴロいる。卒業して追い出せば次の学生からお金をもらえる。それ以上、当事者の未来なんかにかかわりたくない。
それで、国は「発達障害の就労率は低迷をたどってる様子で・・・」とか言ってる。
おいおい。支援センターの目的は何だ? 納税者を増やすためではないのだろうか?就労形態としては自営でもサラリーマンでもアーティストでもいい。もちろん、前提は続けることができるという条件付きだ。
どこぞの専門学校みたいに「就職?じゃあねー」じゃ、無駄。

間違いなく今のまま放置しておけば就労率を上げることなくひきこもりやニートが増えやすくなることはどう考えても明らかだ。
厳密なことを言えば、不景気も手伝って若干手遅れな面もある。ひきこもりなどの30代の多くに発達障害などの要素があることが分かっている。逆にいえば、この要素を持った人を救済することができれば労働人口は増やせる。新卒はどんどん減っているので、時がたてばたつほど人材補充が難しくなる。

別に必ずしもIT業界に就職する必要はないのですが、どんな業界に行くにしても「クリエイティブな素養がある人」が、「仕事だから」とあきらめてマニュアル通りに生き続けて行くには、人生は長すぎると思うのです。だから、自分の頭を使って考えて先に進む体験をしてもらっています。

「たった3年で何が分かる?」と言われそうですが、私はそれでも多くのことを知りました。「なんだ、『障害者だ』と思うからおかしくなるんじゃないか」ということ。もちろん状況にもよるのだろうけれど、「働きたい」と思える状況になった時点で、かなり戦える状態になっているということ。

さらにいえば「メンタルの方は自分で考えることが苦手」という常識(?)が大きく間違っているということ。いや、中には自分で考えることが苦手な人もいる。そんなことは障害者手帳を持っていない人だって同じこと。つまり、自分で考えるということがものすごく得意な人もいるという事実。


これから考えることができるのが、「社会に柔軟性なさすぎ」ということ。なんで塗装関係の企業で重度の自閉症の人が健常者よりもメッキ作業が得意なのか?(from杉山登志郎
もう一度言うが、健常者と遜色ない ではない!! 健常者よりも仕事ができる なのだ。
もちろん、パニックなどの問題もあるのでそこらへんの対策をしなければいけないのはあるかもしれない。
あと、「考えるのが苦手」という偏見は、高機能発達障害の人には当てはまりにくいんじゃないだろうか。特に自閉傾向をもつタイプの人は苦手な表情の読み取りなどを論理能力でカバーしていることが多いからだ。
(親の言う通りにさせられたAC傾向の発達障害の人だと親の常識から抜け出せない場合も・・・)
空気を読まない特性っていうのは良くも悪くも人に振り回されない。

当事者のブログなどを読むと非常に考えている様子が伺える。逆に、「社会人の常識だ!」なんて怒鳴っているやつのほうがよっぽど考えていない。立派な演説で表面上考えているように見せていても、しゃべっていることの本質はだいたい世間体に合わせたものがほとんどだ。

「こうでなければならない」というルールは思考を硬直化させるだけです。そして、それが各人の誤解を経由して経年劣化していくのです。そうではなく、「常に考える」ということがコアになっていた方がいいと思うのです。

「企業研修」=「ワクワクしない」なんてつまらないと思います。むしろ、「企業研修」=「ワクワクするもの」でなくちゃいけないと私は思うのです。だって、「企業」って「人の夢が形になって世の中に出ていく場所」ですよ。そこを洗練させる企業研修がつまらなくていいわけがないのです。


素晴らしいの一言につきる。なんでつまらない研修なんてやるんだろうか?
「社会人はこのつまらないことを我慢するのが仕事だ!!」  あ、そう。 あんたらの自己満はどうでもいい。研修の言い方が気に入らないなら他のことで言い変えようじゃないか。
先生のつまらない授業を生徒がまともに聞くだろうか? 怒鳴れば真面目なフリするだろうけど、それって怒られないために仕方なくやってることになる。東新の林先生の授業で、あの人が「話を聞かせるために」怒鳴るか?
話がわかりやすければ、みんな聞くはずだ。
障害のあるなしに関わらず、新入社員は「仕事の本質」を知りたいのであって「会社の変な縛りルール」なんかに興味のあるやつはいない。本気でそのルールがいいと思っているとしたら、それは見るところを間違っている。ウンコも仕事も我慢するものではなく、出すものなのだ。
結局、個人を知らないと特性も知ることはできない。 得意分野から広がっていつの間にか苦手分野もある程度克服できる。教育は時間はかかるが、完成した時の成果は非常に大きい。